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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13896号 判決

原告 天尾幸平

右訴訟代理人弁護士 小野寺利孝

右同 高山俊吉

右同 中村仁

右同 島田隆英

右同 船尾徹

右同 渡辺清

被告 株式会社谷口製作所

右代表者代表取締役 谷口由次郎

右訴訟代理人弁護士 渡辺惇

主文

1  被告は原告に対し金一一〇万円及びこれに対する昭和四一年六月二二日から支払ずみに至るまで年五分の金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

4  この判決の主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金一二三一万五四七四円及びこれに対する昭和四一年六月二一日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生と原告の受傷

原告は農機具の部品の製造を業とする被告に雇用されていたが、昭和四一年六月二一日午前一一時五〇分ころ、被告の鋼管置場において鋼管を切断するため、鋼管棚の高さ約一・七メートルの棚から長さ約七・五メートル、重さ約八〇キログラムの肉厚鋼管一本を右棚に約三〇センチメートル残して引き出し、その先端を地上の木箱(約七〇ないし八〇センチメートル四方)の上に載せたうえ、右鋼管の他端を棚からはずして切断機まで移動させようとして棚際にもどり、他端部分を両手で頭上に支えながら、雨あがりで水たまりのできた足元付近で適当な足場を捜していたところ、突然木箱がゆがんで右鋼管の先端が滑り、その拍子に他端が棚からはずれて原告の頭上に落ちかかってきたので、原告は瞬間的に首をのけぞらせてこれを避けたが、右鋼管を両手で握っていたため落下する鋼管の重量を受けて次の瞬間には激しく前のめりの姿勢にさせられ、これにより原告は腰椎捻挫及び頭蓋内または頸部損傷の傷害を負い、今日に至るも右頭蓋内または頸部損傷の後遺症である右半身不全麻痺に悩まされている。

2  被告の責任

被告は、その従業員に対し、従業員が作業に従事する過程において生命や健康を損わないよう作業場ないし作業設備等の物的環境を整備し、安全に労働できるように配慮すべき雇用契約上の義務を負担している。

(一) ところで、被告会社における鋼管置場は、屋外の地面上にじかに四段の棚を設け、そこに鋼管を横積みにして置くように作られたもので、わずかに屋根代りにプラスチック板の覆いを上に張っただけのものであった。そして、棚と工場に隣接する被告会社代表者居宅壁との間のわずかの幅の地面が、工場へ鋼管類を運び込み、工場から製品を運び出す通路として使用されていたが、棚側及び居宅側からそれぞれ入り込んでくる形で別の鋼管が横積みにされているため、右通路幅は一メートルにも満たないくらいに狭められており、足場が土面で不安定なことから作業に支障が生じていた。加えて、雨天の際には雨水がたまり、右通路の表門側の端の部分の地面には、小さいときでも八〇センチメートル×一メートルにも及ぶ水たまりができて通路を一杯にふさぐ状態となった。切断機が置かれている場所の斜すぐ横には、水たまりが常時できる箇所があった。

右のように、ただでさえ狭隘でしかも大きな水たまりのある通路で原告をはじめ被告の従業員は作業をしなければならなかったのであるが、被告は、そのような足場の極めて悪い場所での作業に対し一片の安全対策への努力もせずに放置した。

(二) また、鋼管切断作業は、鋼管棚から鋼管を一本ずつ引出し、それを切断機まで移動させて切断するのであるが、鋼管の重量が大きいため、移動にあたっては鋼管の一端を地上の木箱上に置き、他端を持って移動する方法がとられていた。ところが、右木箱が脆弱で不安定なものである場合には鋼管の重量に耐えきれるものでもなければ、固定の役割を果たし得るものではなく、これに載せている鋼管の重量のため木箱がゆがみ、そのため木箱上の鋼管が滑り落ちて移動作業中の従業員の身体に傷害を生ぜしめる危険性が多分にあるにも拘らず、被告は幅の狭い板を間隔をあけて打ちつけて作った約七〇ないし八〇センチメートル四方の脆弱な木箱を備えたのみで、右危険を防止するに足る堅固な固定台を備えつけることを怠っていた。

(三) 本件事故は、被告が右(一)及び(二)の過失があったために発生したものであるから、被告は原告に対して本件雇用契約上の債務不履行として、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 得べかりし利益の喪失  金九三一万五四七四円

原告は本件事故による受傷のため、昭和四四年一二月まで就労することができず、昭和四五年一月から昭和五〇年二月まで訴外舎人製作所に勤務したものの、前記頭蓋内または頸部損傷の後遺症である右半身不全麻痺のため軽作業にしか従事しえず、そのため収入は昭和四五年一月から昭和四九年一二月まで月額金四万五〇〇〇円、昭和五〇年一月および二月は月額金五万円であり、同年三月から現在まで訴外武井工務所に勤務しているが、前同様軽作業にしか従事することができないためその収入は月額金八万五〇〇〇円であるところ、原告は本件事故当時被告より月平均三万円の給料を受けており、本件事故に遭遇しなければ、事故日より昭和五〇年一一月までの間別紙別表記載のとおり毎年前年度の給料額の一五%増の給料が受けられたはずである。

よって、後記のとおり原告は(イ)事故時より就労時までの就労不能期間の別紙別表記載の給料から労災保険を控除した金額、(ロ)就労時から昭和五〇年一一月までの別紙別表記載の給料額から右期間の原告の実収入額を控除した金額、(ハ)昭和五一年一月から原告の就労可能年数とされる満六七才に達するまでの間の月収入金一三万一三五九円(昭和五〇年度の月収入額に一五%を増した額)を基礎にして計算した全収入額から原告の現実の取得月額金八万五〇〇〇円の割合による実収入予想額を控除した金額を得べかりし利益として喪失したことになる。その具体的内容は、次のとおりである。

(1) 昭和四一年度中の逸失利益  金一一万五七一二円

原告の本件事故当時の賃金は月平均金三万円であり、本件事故後の昭和四一年七月から同年一二月までの得べかりし給料合計額金一八万円から労災保険給付金六万四二八八円を控除した残額。

(2) 昭和四二年一月から昭和四四年一二月までの逸失利益  金一四三万七六一二円

昭和四二年一月から昭和四四年一二月までの別紙別表記載の得べかりし給料合計額。

(3) 昭和四五年一月から昭和五〇年一一月までの逸失利益  金一六七万〇九五〇円

昭和四五年一月から昭和五〇年一一月までの別紙別表記載の得べかりし給料合計金五四〇万五九五〇円から原告が右期間中に就労して得た給料合計金三七三万五〇〇〇円を控除した残額金一六七万〇九五〇円。

(4) 昭和五一年一月以降の逸失利益  金六〇九万一二〇〇円

別紙別表記載の昭和五〇年の賃金月額にその一五%を加算した原告の昭和五一年一月以降の得べかりし給料月額金一二万一三五九円から前記原告の現実の月額収入金八万五〇〇〇円を控除した残金三万六三五九円(一〇〇〇円未満の端数を切捨てて、三万六〇〇〇円)が原告の昭和五一年一月以降の月当りの得べかりし利益となり、原告(昭和五年一二月一〇日生)の就労可能年数を満六七才に達するまでの二一年として右時点における現価をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して計算した金額。

(二) 慰藉料 金三〇〇万円

原告は本件事故後昭和四四年一二月まで全く就労することができず、昭和四五年一月以降は軽作業に従事することができるようになったものの、前記後遺症に苦しみ昭和四六年まで通院治療を続け、昭和四九年春にやっと腰部コルセットをはずすことができた。しかし、今だに右下半身を下にして寝ることができず、また、長く同じ姿勢を保つことができないうえ力仕事はほとんどできない状態である。他方、原告が就労できなかった期間は妻の内職によるわずかな収入と生活保護の支給を受けて原告の家族三名(長女二年六月)の糊口をしのぎ、現在は原告の前記収入に妻の収入を補って辛うじて生計をたてている状態にあり、原告の被った精神的苦痛は甚大であり、右苦痛を回復するに足りる慰藉料として金三〇〇万円が相当である。

4  結論

よって、原告は被告に対して雇用契約上の債務不履行による損害金として前項(一)および(二)の合計金一二三一万五四七四円およびこれに対する損害の発生した日である昭和四一年六月二一日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求の原因1の事実中、被告が農機具の部品の製造を業とする会社であり、原告が被告に雇用されていたことは認めるがその余の事実は否認する。なお、当時被告会社において取扱っていた鋼管は最も重いものでも長さ約五メートル、重さ約五四キログラム程度であり、しかもかような鋼管は鋼管棚の最下段に収納していた。また、木箱も厚さ五分以上の板で造られた縦約六〇センチメートル、横約四〇センチメートル、高さ約六〇センチメートルの材料運搬等に使用されていた頑丈な木箱を更に上部を除く各面に斜十文字に筋交いを打って補強して使用していたのであり、鋼管を置いたり、人が寄りかかっても全くゆがむようなことはなかった。

当時原告は、被告会社を退社してから自宅で連日深夜までスキー部品造りのアルバイト作業に熱中しており、それによる疲労の蓄積は甚しかったと思われる。また原告は、被告会社に勤務する以前、腰を痛めた既往症があると他人に語っている。原告にその主張のような症状があるとすれば、その原因となった傷害は他の複合的原因によって発生したものではないかと考える。

2  請求の原因2の事実は否認する。

3  請求の原因3の事実中、本件事故当時、原告の月平均の賃金が金三万円であったことは認め、その余の事実は争う。

三  抗弁

1  仮に、被告が従業員に対し作業場ないし作業設備の物的環境を整備して安全に労働しうるような雇用契約上の義務を負っているとしても、本件事故は全く原告の不注意から生じたものであって、被告には何ら責に帰すべき理由はない。すなわち、木箱は鋼管切断作業の際に鋼管の一端を切断機にかけ他端を乗せておくものとして使用されていたものであって、鋼管を棚から取り下ろす際に一端を乗せるための補助具として使用すべきものではない。しかるに原告は、棚から鋼管を下ろす際約三〇センチメートル残して引き出し、その先端を木箱に載せたと主張するのであるから、おそらく原告は鋼管の先端を木箱の上に載せて滑らせながら棚から取り下ろし、そのまま引き廻して切断機のところに移動させようとしたものであり、右は木箱の用法を誤りかつ作業過程の手抜きをしているというべきである。しかも、当時雨上がりであったというのであるから、木箱も鋼管も濡れてなおさら滑りやすい状態にあったことは容易に知りうるはずであるにもかかわらず、敢て鋼管の先端を木箱の上に載せ、他端を高さ約一・七メートルの鋼管棚にかけておいたとすれば、原告自ら鋼管を滑りやすい危険な状態に置いたというべきである。更に、原告は当時、足元の水たまりが気になっていたと主張するが、そうとすれば、工場内の整備等の雑役が原告の職務であったし、水たまりも箒で掃き出せば簡単に消える程度のものであったから、原告は事前に足元を整備してから鋼管を下ろす作業を進めるべきであったのである。以上のことから、原告がわずかな注意をもって作業に従事していれば本件事故発生が避けられていたというべきである。したがって、原告主張のような状況のもとにおいて本件事故が発生したとしても、右事故につき被告の過失その他責に帰すべき事由はない。

2  仮に、被告に債務不履行責任があるとしても、本件事故の発生および損害の拡大につき、原告にも重大な過失がある。

すなわち、本件事故の発生は、前項記載のとおり原告が作業手順の手抜きをしたことないし不注意が一因をなしており、他方、本件事故による受傷のため原告は当初佐藤病院において治療を受けたが、右病院における治療が適切でなかったため、原告の傷害の療養期間が長期化し損害が拡大したものである。

したがって、原告の右過失等は損害額の算定上斟酌されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2の各事実は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1(本件事故発生及び原告の受傷)の事実中被告会社が農機具の部品の製造を業とするものであること及び本件事故当時原告が被告会社に雇用されていたことについては、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すれば、原告は、昭和四一年六月二一日、被告会社の鋼管置場において、切断機で鋼管を約八ないし一〇センチメートルの長さに切断して農機具の部品の素材を造る作業に従事中、外径約六センチ、長さ約五・五メートル、重さ約五四キロの肉厚鋼管一本を右切断機で切断するため、鋼管棚の最上段(高さ約一・七メートル)から右鋼管を鋼管棚の端に約三〇センチメートル残して引き出し、その先端に近い部分を高さ約七〇センチメートルの木箱の上縁に載せたうえ、鋼管棚の脇に戻り、右棚上の他端を持って切断機の方へ移動させようとして、鋼管を両手で頭上に支え、降雨のためぬかるみになっていた足元付近で足場を捜していた際、木箱上の先端が滑り、その拍子に棚上の他端部分が棚からはずれて原告の頭上に落ちかかってきたため、原告は突差に首を後にのけぞらせてこれを避けたが、次の瞬間には地上に落下する鋼管の重量のため前のめりの姿勢にさせられたこと(以下本件事故という)及び原告は本件事故により腰椎捻挫、頸部損傷の傷害を負ったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

被告は、原告の傷害が本件以前の腰を痛めた既往症によるか、または当時原告が熱中していたアルバイト作業による疲労の蓄積によるか、あるいはその他の複合的原因によって発生したものであると争うが、これらを認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、本件事故により頭蓋内損傷を負い、現在その後遺症である右半身不全麻痺の状態にある旨主張するが、本件事故の態様は右認定のとおりであって、原告が転倒し頭部に打撃を受けたことは認められず、また本件事故後、原告に頭痛、悪心、嘔吐、意識障害などの頭蓋内圧亢進の症状が認められないから、右主張に沿う《証拠省略》は採用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

二  次に、被告の責任について判断する。

1  《証拠省略》によれば、鋼管置場は屋外の地面上にじかに鋼管を組み立てて四段の棚を設け、そこに鋼管を横積みにして格納するように作られ、その上にプラスチック板で下屋をかけたものであったこと、鋼管置場の傍には切断機が設置されていて、そこで鋼管を所要の長さに切断する作業が行われ、したがって、その附近は鋼管を棚に格納したり引出して右作業をする場所であったこと、ところが右場所は粘土質の赤土であるため、雨が降ると水はけが悪く水たまりができる個所もあり、またぬかるみになる個所もあって、重量のある鋼管の出し入れその他の作業については足場が悪く、安全な操業ができにくい状態にあったことが認められ、右認定に反する被告代表者尋問の結果は信用しない。他方、被告が右場所について排水設備を作ったり、ぬかるみに砂利を敷いて足場を固める等の手当をしたことを認めるに足りる証拠はない。

そうとすれば、被告は従業員たる原告に対する雇用契約上の安全保護義務を履行しなかったものというべきであり、本件事故は右不履行に因り生じたものと解するのが相当である。

2  原告は、木箱が脆弱であったことが本件事故の原因であったと主張し、原告本人(第一回)は右に沿う供述をするが、右供述はにわかに信用しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから採用できない。

3  被告は、鋼管切断作業の手順は、鋼管棚から鋼管を引き出して一旦地上におろした上、これを切断機の方へ移動させるべきものであり、木箱は鋼管棚から鋼管をおろす作業の補助具として使用すべきものではなく、鋼管を切断機にかける際に他端の安定を保つために使用するものであるから、本件事故は専ら原告の作業手順の手抜きによって生じたものであって被告には帰責事由がないと主張するが、特に右主張のような作業手順が定められていたとか、木箱の使用方法が限定されていたことを認めるに足りる証拠はないし、原告が本件において行った作業手順を特に手抜きと評することはできないから、採用しない。

三  そこで、原告の蒙った損害について検討する。

1  逸失利益の損害

《証拠省略》によると、原告は、本件事故による受傷のため昭和四一年六月二五日佐藤病院において治療を受け腰部捻挫と診断され、同月二九日までは被告会社に出勤したが、同年七月一日からは腰部の痛みが激しく歩行も困難をきたしたので同日から被告会社を欠勤し、昭和四二年四月七日までは佐藤病院に通院して治療に専念したこと、その後しばらく自宅療養を続けていたが腰痛がとれず、そのうち頸部損傷の後遺症である右上肢、右下肢の筋力低下等の右半身不全麻痺の症状も現われてきたので、同年八月二日から昭和四五年六月一四日まで北池袋診療所(後に鬼子母神病院)に通院して治療を受けたこと、また右半身不全麻痺の症状は残っていたが腰部の痛みが軽減したので、昭和四五年一月から訴外舎人製作所に勤務し、同製作所においてブリキ板の切断、プレス作業に従事し、月額金四万五〇〇〇円の収入を、昭和四八年ころには月額金五万一〇〇〇円の収入を得るようになり(なお同製作所に勤務中プレスで右手人差指と中指を切断した)、昭和五〇年二月に舎人製作所を解雇され、同年三月から訴外武井工務所に勤務して水道工事関係の仕事に従事し、月額八万四五〇〇円程度の収入を得るようになり現在に至っていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  就労不能期間中の逸失利益  金一一九万五七一二円

右認定事実によると、原告は本件受傷により昭和四一年七月一日から昭和四四年一二月末日まで就労できなかったことが認められるところ、原告は毎年の賃金上昇率が一五パーセントであるとして、昭和四一年度の月収額を金三万円、昭和四二年度の月収額を金三万四五〇〇円、昭和四三年度の月収額を金三万九六七五円、昭和四四年度の月収額を金四万五六二六円として算定すべき旨主張するが、被告会社における給与の昇給時期、昇給額もしくは給与上昇率について何ら立証のない本件においては、右期間の原告の逸失利益を算定するにあたっては本件事故当時の賃金額を基礎にして算出するのが相当である。

そうすると、原告の本件事故当時の賃金月額が平均金三万円であったことは当事者間に争いがないから、右期間(昭和四一年七月一日から昭和四四年一二月末日までの四二ヶ月間)の原告の得べき収入額は金一二六万円となる。同期間に原告が労災保険金六万四二八八円を受領したことは原告の自陳するところであるから、右得べかりし利益金一二六万円から右労災保険金六万四二八八円を控除すると、残額は金一一九万五七一二円となる。

(二)  就労後の逸失利益

前記認定事実によれば、原告は昭和四五年一月から月額金四万五〇〇〇円、昭和四八年から月額金五万一〇〇〇円、昭和五〇年三月から月額金八万四五〇〇円の収入を得て本件事故当時の収入額月額金三万円を超えることになったのであるから、昭和四五年一月以降は収入減による具体的な損失は認めることはできないというべきである。

2  過失相殺

(一)  《証拠省略》によれば、原告は鋼管棚から引出した鋼管の端を木箱上に乗せたのではなく、先端に近い部分を木箱の上縁にかけて置いたこと、木箱の位置が鋼管を切断機にかけるのに都合のよい地点にあったため、鋼管の棚側の端が棚に積んである鋼管と斜めに交わる恰好で棚にかかっていて、滑りやすい状態にあったことを原告自身も認識していたこと、本件事故当時の原告の職務は特定してなく、鋼管の切断、運搬、工場内の整理等その時々に指示された雑役的な業務であったことが認められ、これらの事情と本件事故の状況から判断すれば、原告は長尺の肉厚鋼管を棚の最上段から引き下ろすにしては誠に迂濶なやり方をしていたという外ないし、当時降雨のためぬかるみができていたのであれば、敢て使用者の手当を待たず、自ら足場を安全にしてから作業することも一挙手一投足の労で足りたといわなければならないから、本件事故発生については右のような原告の過失も相当な原因をなしているものと解せざるをえない。

(二)  なお、被告は損害の拡大につき原告にも重大な過失があると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(三)  原告の右(一)の過失を斟酌すれば、前記1の逸失利益金一一九万五七一二円の損害のうち、結局被告において賠償の責に任ずべき損害額は金六〇万円と認めるのが相当である。

3  慰藉料

以上認定してきた原告の傷害の部位、程度、治療経過、後遺症、原告の過失および年令等本件にあらわれた諸般の事情を考慮すれば、原告の本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料は金五〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上の次第であるから、原告は、被告に対し金一一〇万円の損害の賠償を求める権利があるとともに、右損害賠償請求権は、形式的には期限の定めのない債権であるが、その実質においては前記三において認定したとおり本件事故によって原告が労働能力の一部を喪失せしめられたことによって生じた損害であって不法行為による人身事故に基づく損害と区別すべき点がなく、本件事故と同時に発生し、かつ遅滞に付されたものと解するのが相当であるから、被告は原告に対し、右金一一〇万円に対する本件事故発生日の翌日である昭和四一年六月二二日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。よって、原告の本訴請求は、以上の金員の支払を求める限度において理由があるから、これを正当として認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 原島克己 仲宗根一郎)

〈以下省略〉

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